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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6472号 判決 1959年7月22日

原告 株式会社吉田屋商店

右代表者代表取締役 吉田明

右原告訴訟代理人弁護士 兼藤栄

被告 衣笠

右被告訴訟代理人弁護士 小林辰重

主文

被告は原告に対し金十六万八千七百五十五円及び之に対する昭和三十三年八月二十日より支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

この判決は原告において金五万円の担保を供するときは第一項に限り仮に執行することができ、被告において金十万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

≪省略≫

理由

原告が食料品の販売を目的とする会社であること、被告が銀座店を経営し原告より代金毎月末日〆切翌月十五日払の約で昭和三十三年三月一日から同年五月三日迄の間に合計金十六万八千七百五十五円相当の酒のツマミ物類を買受けたことは当事者間に争がない。

そこで被告の相殺の抗弁について調べると、証人中村明弘、同市原静馬の各証言及び被告本人尋問の結果によると、銀座店はバーであつて、そこのバーテンダー訴外中村明弘が昭和三十三年五月六日、七日、八日の三日にわたり夫々一日金四千円相当のツマミ物を電話にて注文したところ、電話にでた原告の店員はこれを承諾しながら、その後催促を受けても一度も注文品を納入しなかつたことが認められ、右認定に反する証人斎藤英郎の証言は信用できない。してみると原告方の店員が電話で承諾したと同時に原被告間には注文品について売買契約が成立したものと謂うべく、その履行をしなかつた原告は被告に対し不履行による損害を賠償しなければならない。

そこで右の損害についてみると、証人中村明弘の証言によると、銀座店では一日所要量は概ねきまつているので、毎日原告にその日に必要なツマミ物を注文していたのが、原告が注文品を納入しなかつたため当夜品切れになつて客の注文を拒わつていたこと、そして客に提供するツマミ物は原告からの仕入材料に僅かの調理を施してだすのであるが、材料代を売値の三割位に押えていたこと、それ故注文通り原告が四千円のツマミ物を納入しておれば当夜金一万三千三百円の売上げが予想され、従つて被告は仕入値との差額金九千三百円の得べかりし利益を失つたことが認められる。而して原告としては、被告の日々の注文量が概ねその日の所要量であること並びにバーで提供されるツマミ物が材料値段に比し極めて高価であることは、長期にわたる被告との取引から推して知つており若しくは知りうる筈であつたと察せられるから、原告は被告に対し前記転売利益相当額を賠償する義務あるものと謂わねばならない。なお証人市原静馬の証言及び被告本人尋問の結果によれば、前記三日間は酒類の売上げも毎日金十万円位に減り、これはツマミ物の品切れがその原因の一つであることが認められるがかような多額の売上げ減少は原告のツマミ物納入不履行による損害として特別の損害とも謂うべきもので、原被告間に従来長期にわたる取引があつたと言うだけでは、原告がこれも知り又は知りうべかりしものであつたと判断するにはちゆうちよされ、その外この点を認めるべき証拠がない。

以上の次第で原告としては一応被告に対し一日金九千三百円三日間計金二万七千九百円の損害賠償義務があるものと謂わねばならない。

ところで原告が被告より注文を受けこれを承諾しながら何故納入しなかつたかその不履行の理由を調べると、証人斉藤英郎の証言によれば、原被告間には従前から取引があるが被告の支払が悪く、代金毎月末〆切翌月十五日払の約定(この約定については当事者間に争いがない)であるのにそれが四、五ヶ月も遅れ昭和三十三年四月下旬現在で売掛金が約金十五万円も滞つたので、原告方の店員斉藤英郎より今後は納入後二ヶ月位で支払つて貰いたくそれができなければ取引しない旨申入れたが、被告は誠意のある返事をしなかつたので、同月三十日前記斉藤より被告方の事務員に対し同日限りで今後は納品しない旨宣言した事が認められ、右の事実のあることから推すと、原告の前記不履行は右の取引中止の宣言にそつてなされたものと察せられる。

而して不履行が右の如くであるとすると、

(1)  代金は毎月末〆切翌月十五日払の約であるのに、四、五ヶ月も遅れ、その額が約金十五万円に達していること、而もこれに対し原告より爾後の取引は二ヶ月位で払つて貰いたいと申入れたのに対し被告は回答しなかつたため四月三十日取引の中止を申出たこと右のような被告の不誠意な態度が結局原告の前記不履行の原因となつていること、

(2)  右のような状態では被告の新規注文品を納入してもその代金の支払はやはり四、五ヶ月に遅れるものと予想されるがそれでも原告に対し注文品を納入するよう強いるのは信義則上酷であると認められること、

(3)  原告方店員が催促に応じながらさつぱり納入しないと言う異常事実があれば、前記のような取引中止の申入れを受けたことを思いあわせ、被告としては原告に取引する意思のないこと位は早急に感知しうべきものであつたと考えられること、

(4)  注文したツマミ物は原告方に限らず諸所の食料品店で販売しているものであるから、臨機に他店から購入し急場をしのげた筈であり、仮にそれが原告から仕入と重複したとしても高々金四千円でこれすら翌日分に廻せば済むのであるから速やかに臨機応変の処置をとらなかつたことは、損害の拡大防止について被告に不充分のものがあつたと考えられること、

以上の諸点は原告の賠償責任及びその金額を定めるにつき斟酌されねばならない。勿論原告が被告からの電話注文に応じたままで被告に対し前記経緯から納品するわけに行かぬ旨を被告に告げず、却て被告からの催促に対し納入するかのような言葉のあつたことは責められなければならないが、それでも前記被告の損害や右の(1)乃至(4)の諸点を考慮するときは原告に前記の損害賠償を命ずることは信義公平の上からみて相当でなく、その義務を全部免ずべきものと認める。

以上の次第であるから前記被告の相殺の抗弁は結局これを採用することができない。

次に原告と新宿との取引についてみると、いづれも成立に争ない乙第一号証と乙第二号証の一、二証人飯塚昭男の証言及び被告本人尋問の結果によると、新宿店換言すれば新宿区歌舞伎町常盤ビル地下の「スコツチクラブ」の経営主体は被告個人でなく、被告が代表取締役たる瑞穂興業株式会社であると認めるのが相当であつて、いづれも成立に争ない甲第一、二号証甲第七号証及び証人斉藤英郎の証言はこれを前顕証拠に照すと、右の瑞穂興業株式会社と言う会社組織は経済的にみれば被告の個人営業に等しく、被告がその実権を握つているものであると言うことはできても、法律上「スコツチクラブ」の経営者が被告個人であると判定することはちゆうちよされる。

そして証人斉藤英郎及び同飯塚昭男の証言によれば「スコツチクラブ」と原告との本件ツマミ物の売買は「スコツチクラブ」のバーテンダーの注文によつてなされていたことが判るから、「スコツチクラブ」の経営者が被告個人でなくて前記会社である以上特段の事情の認められない本件に於ては買受人はやはり前記瑞穂興業株式会社であると判断するのが相当であつて、この点に関する原告の主張は採用できない。

よつて原告の本訴請求中銀座店への売掛代金十六万八千七百五十五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和三十三年八月二十日以降右金員完済に至る迄年六分の割合により遅延損害金の支払を求める部分は理由があるが、その余の請求は失当と認め訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、仮執行並びにその免脱の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 室伏壮一郎)

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